親族でも成年後見人になれる
親やきょうだいなどの親族が障害のある子・きょうだいの成年後見人になりたいのだけれども、希望してもなれないとの噂や不安の声を耳にすることがあります。これは、親族が成年後見人になる割合が実際に年々低下してきていることから生じる噂だと思われますが、実際のところは、希望すればほとんどの場合なれています。成年後見全体に占める親族後見人割合が減っているのは、裁判所が親族を選任しないからではなく、そもそも親族を後見人候補にする(希望する)人の割合が減ってきているためと考えられます。
実は、最高裁は2019年1月に、「本人の利益保護の観点からは,後見人となるにふさわしい親族等の身近な支援者がいる場合は,これらの身近な支援者を後見人に選任することが望ましい」という考え方を示しています。東京家庭裁判所の後見センターレポート(令和2年1月)では「最高裁判所が公表している統計数値によると、ご本人の親族が後見人に選任される割合は、年々低下しています。しかしこれは、親族を後見人候補とする申立てが年々減少していることが大きく影響しているものと考えられます。実際には、親族が後見人候補者とされているケースで、その候補者が選任されない案件の方が、むしろケースとしては少数です。」とし、親族候補者が選任されない事例として、親族間に対立がある、候補者が本人の財産を投資する目的で申立てしている、候補者が健康上や多忙などの利用で後見事務を適正に行えない、などを挙げています。
全国手をつなぐ育成会連合会が2021年8月に行ったアンケート調査では、成年後見制度を利用している知的障害者のうち70%が親族後見人で、専門職後見人は14%となっています。
これらのことから、親族は成年後見人になれない、或いは選任されにくいとの噂は正しくないことがわかると思います。
多額の資産がある場合は注意が必要
ただし、本人の預貯金や有価証券などの流動資産が多額の場合は注意が必要です。
かなりの高額資産を持っていると親族だけでなく一部の専門職も選任されにくい
家庭裁判所によって基準の違いはありますが、流動資産が数千万~5千万円以上になると、親族だけでなく、社会福祉士や行政書士といった専門家も選任されにくくなり、弁護士や司法書士が選任される傾向にあります。
また、そこまで高額でない場合でも、資産が高額の場合にはきょうだいは親に比べて選任されにくい傾向があるようです。これは親の遺産相続などの際に利益相反があるためかもしれません。(もっとも、きょうだいが後見人となっているときに相続があると、遺産分割協議はきょうだい後見人ではなく特別代理人が本人の代わりに行うことにはなるのですが。)
親族後見人が選任される場合につく制約
数千万円までいかなくとも、資産がある程度高額の場合には、親族が選任される際に、後見制度支援信託と呼ばれる制度の使用を勧められたり、成年後見監督人と呼ばれる人がついたりする場合があります。これは、親族は成年後見に関してはいわば素人であるのと、親族による本人財産の不正利用を防止するための措置と言えます。通常は家庭裁判所が成年後見人を監督することで後見人の不正を防いでいるのですが、成年後見人は後見事務の報告を年に1回しか裁判所に提出しないため、親族などが後見人となる場合はより細かく頻繁に監督するために後見制度支援信託や成年後見監督人が必要とされます。親族後見人による不正または意図しなくとも家族間だからとの気持ちによるどんぶり勘定での財産管理が散見されることがこのような監督機能強化の背景にあります。
家庭裁判所により金額の基準は違いますが、預金や有価証券など流動資産が500万円から1,200万円以上の場合に後見制度支援信託の利用を勧められます。後見制度支援信託とは、本人の財産のうち、日常的な支払をするのに必要十分な金額のみを預貯金として後見人が管理し、通常使用しない残りの金銭を信託銀行に信託する(預けておく)仕組みのことです。信託銀行にある財産を引き出すには、家庭裁判所に申請して、裁判所から信託銀行への指示書をもらう必要があります。日々のお金は後見人の裁量で出し入れできますが、それ以外の特別な支出は都度裁判所の判断が必要ということになります。いくらが日々のお金でいくら信託するかは、弁護士・司法書士などが一時的に専門職後見人に選任され本人に代わって決め、信託銀行との間で信託契約を締結します。関与の必要がなくなると専門職後見人は辞任し親族後見人に管理していた財産の引継ぎが行われます。成年後見開始当初の資産が少なかった場合でも、開始後に相続や不動産売却などで流動資産が増えると途中から後見制度支援信託の利用を勧められることとなります。
財産が多い場合に加え、専門性の高い課題が見込まれるケース、親族後見人と本人との間で遺産分割協議など利益相反が見込まれる場合、親族後見人が後見事務に自信がない場合などは専門職による成年後見監督人と呼ばれる人が親族後見人につき、金銭管理などをチェックすることとなります。また、後見制度支援信託を裁判所は強制できませんが、後見制度支援信託の利用を提案されて断った場合、裁判所の権限で成年後見監督人をつけられることが多いと考えていいでしょう。
後見制度支援信託と成年後見監督人
財産が多い場合、後見制度支援信託か成年後見監督人のどちらかを実質的に選ぶことになるので両者の違いを整理してみましょう。(実際には選ぶと言うより、希望する方向に申し立てを工夫して進めていくことになります。)
費用
後見制度支援信託:費用は銀行によって違いますが、契約締結時の一時的な費用が無料~165,000円、信託期間中の管理費用が無料~3,300円/月程度が多いようです。財産は金銭信託により運用され、運用報酬は運用収益から支払われるため追加の負担はありません。運用で損失が生じた場合は銀行が補填することになっており、預金保険の対象でもあります。なお、信託できるのは金銭のみに限られ有価証券や不動産などは信託できません。銀行へ支払う費用に加えて、信託締結の手続きを行うために一時的に選任される専門職後見人への報酬が10万円〜30万円ほど必要になります。信託締結後は辞任しますのでその後の報酬はかかりません。
後見監督人:裁判所が決める報酬を本人の財産から支払います。後見人への報酬の半分程度が相場となっていますので財産額に応じて1~3万円/月程度が一般的です。
使いやすさ
後見制度支援信託の場合、日々のお金以外の特別なお金を引き出す際には、あらかじめ裁判書へ申請し、裁判所の指示書が出てから銀行窓口に行く必要があります。後見制度支援信託は信託銀行など一部の銀行でしか提供されていませんので近くにないと不便です。そのため信託ではなく特別な預貯金で同じような機能を持つ後見制度支援預貯金というものができており、主要銀行だけでなく、地方銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫、 農漁協組合等でも利用できるようになっています。後見制度支援信託あるいは後見制度支援預貯金を扱う金融機関は増えてきており、今では半数以上の金融機関が取り扱っています。
後見監督人がついている場合に特別なお金を使いたいときは、裁判所の決定は不要で、監督人の許可がかならずしも必要な訳ではありませんが、使ってから問題になるのを避けるためにも監督人に事前に相談できるといいでしょう。お金の使い道だけでなく、後見事務を含めて相談できるのが後見監督人のメリットなので気軽に相談できる監督人が望ましいですね。監督人は裁判所に監督状況を報告する必要があるため、監督人の要請に応じて資料や情報の提供を行う必要がある点は手間かもしれません。
親が成年後見人となることについて
上記のように、資産がかなりの高額である場合や、特別な事情がない限りは、親族を後見人候補として申し立てることで、確実ではないものの、親族がそのまま選任されることが多いと言えるでしょう。親族の中でも、子どものことを一番理解している親が後見人になることは、親御さんにとって安心ではあるものの、親がいつまでも後見人を続けることはできず、いつかは、少なくとも親なきあとは誰かにバトンタッチする必要があります。
ですので、親が後見人になったとしても、安心してバトンタッチできる将来の後見人候補を探していく必要はありそうです。その場合は、身上保護は引き続き親が担当し、専門職等に金銭管理をしてもらう複数後見からはじめ、時間をかけて全て専門職後見人に引き継いで行くやり方も考えられます。