障害があり、ひとりで物事を決めることに不安や心配のある人にとって、成年後見制度は非常に頼りになる存在です。一方で、成年後見人による横領のニュースを聞いたり、親が自由に子どものお金を管理できなくなることなどから、制度の利用に不安があり、なかなか踏み切ることができない人が多いのが現状でしょう。
ここでは、成年後見制度についての基本事項を整理した上で、いつから、どのように使っていくのがいいか考えてみたいと思います。
成年後見制度とは?
成年後見制度とは、知的障害・精神障害・認知症などで、ひとりで決めることに不安や心配のある人が、お金の出し入れや、いろいろな契約・手続などをするときに、本人に代わって後見人が行う制度です。
成年後見人がやること・できること
成年後見人がやることは、財産管理と身上保護に大きく分けられます。
財産管理
成年後見人が銀行預金通帳やキャッシカードを持ち、お金の出し入れを全て行い管理します。
ただ、一緒に住んでいるわけでなく日々の細かいお金までは面倒見ることができないので、日々使うお金として数万円程度を月に1回まとめて本人に渡すことが多いでしょう。家賃や公共料金、グループホームや通所先での食費などの定期的な支払いは成年後見人が行います。
日々のお金以外の出費については成年後見人がその可否を判断することになります。本人であってもお金を自由に使うことができなくなる反面、使い過ぎや騙されてお金をなくすことを防げます。
相続においては、遺産分割協議で本人に代わって協議に参加したり、相続手続きを行ったりします。成年後見人をつけるきっかで最も多いのが親御さんが亡くなったことによる遺産分割協議・相続手続きです。
お金だけでなく、不動産や有価証券などの財産もすべて成年後見人が管理し、財産を売却して現金化することができます。ただし、本人が住んでいる不動産の売却には裁判所の許可が必要です。
親御さんがいる間は、本人の財産管理を親御さんが行われている方も多いのではないでしょうか?実は親であっても、成人した子どもの財産を本人に依頼されたわけでもないのに引出すことは法律的には許されません。ただ、窓口に行かずにATMやネットバンキングで操作する限り銀行は分からないうえに、何より本人のために行っていることなので咎められることはないでしょう。ただし、銀行の知るところとなれば成年後見人をつけるよう言われるので注意が必要です。
身上保護
生活や療養監護に関する事務手続きは身上保護と呼ばれ、財産管理と共に成年後見人が行うことの一つです。具体的には、障害福祉サービス利用や入院、住居の賃貸などの契約・手続きを行うことや、施設などへの改善の申し入れ、定期的な訪問や状況の確認などがあげられます。
障害福祉サービスの利用で、本人の代わりに親御さんが契約書にサインしている場合も多いと思いますが、親が亡くなったあとに、きょうだい等親族のサインでOKかどうかは事業所によりますので成年後見人を求められる場合があるかもしれません。なお、親御さんのサインも認めない事業所がありますので、その場合は成年後見人をつけるか、事業所を変える必要が出てきます。
なお、成年後見人は入院の契約はできますが手術などの医療同意はできません。法定には親族含めて本人以外誰も医療同意はできませんが、実際は支援者、親族、成年後見人などが相談して決めたり、医師がベストと思う方法にお任せするなどして対応しているようです。
不要なリフォームや悪徳商法など不利益となるような契約を本人がしてしまった場合、成年後見人が取り消すことができる「取消権」があります。
成年後見人ができないこと・やらないこと
- 家事や買い物などの支援は行いません。
- 身元引受人や保証人にはなりません。
- 本人が死亡すると後見人の権限は消滅しますが、火埋葬や債務の支払等の一定の死後事務は親族がいない場合には家庭裁判所の許可を得て行うことができます。
法定後見
成年後見には、本人が判断能力があるうちに後見人を自分で選んで認知症等に備える任意後見と、家庭裁判所が後見人を選任する法定後見があります。
判断能力がない人が任意後見人を選ぶことはできないとされるため、ここでは法定後見について触れていきます。
法定後見の概要
- 家庭裁判所に制度利用の申し立てを行い、裁判所が後見人を選任します。候補者を立てることはできますが選任されるとは限りません。申し立ては本人や親族が行うことができます。
- 後見人は弁護士や司法書士などの専門家に限らず、親族や第三者など誰でもなることができます。(未成年者、本人と対立している人とその親族、破産手続き中の人、過去に後見人を外された人などはなれません。)
- 本人の流動資産額(預貯金・有価証券など)に応じて月額2万円~6万円程度の報酬がかかります。親族後見人などが報酬を請求しないことは問題ありません。
- 財産管理は弁護士や司法書士などの専門職後見人が行い、契約行為などの身上保護は親など親族後見人が行うというような複数後見人も可能です。複数後見人の場合でも後見人報酬合計は1人の時と同じです。
成年後見人への報酬
成年後見人は報酬を請求することがでます。報酬は裁判所が決定し本人の財産から支払われます。
報酬は預貯金や有価証券など流動資産の額と後見業務内容により裁判所が決定します。東京や横浜家庭裁判所の場合、流動資産が1,000万円以下の場合は月額2万円、1,000万~5,000万円の場合は月額3~4万円、5,000万円を超えると月額5~6万円などが目安となっています。
基本報酬以外に、困難な案件対応や土地売却など特別なことをした場合は付加報酬と呼ばれる追加の報酬を請求することができ、裁判所が無理のない範囲で金額を決定します。
基本報酬は月額で定められますが、年に1回行う裁判所への後見報告時に1年分をまとめて請求し後見人が本人の預金から引き出す言わば後払いです。
報酬は請求されて支払うものですので、親族後見人などが報酬を請求せずに受け取らないことは問題ありません。
成年後見をいつから利用するべき?
法定後見の注意点
法定後見の利用を考える際に理解しておくべき注意点がいくつかあります。
- 親の思い通りにならない可能性
- 成年後見がつくまでは、親が子どもの財産管理や契約等をしていて、子どもの意向を反映しながらお金の使い道や通所先・グループホームなどを決めることがあると思います。一方、成年後見が始まると、預金通帳は後見人が預かり、契約も後見人が行うことになります。子どもに買ってあげたいものがあっても、後見人が不要と判断すれば子どものお金を使うことはできなくなります。また、親が子どもの通所先を変えたいと思っていても、後見人が通所先変更が子ども本人のためにならないと判断すれば変更することはできません。
- 後見人は選べない
- 後見制度を申し立てる際に候補者をたてることはできますが、必ずその人が選任されるとは限らず、あくまでも家庭裁判所が選任します。
- 親族を後見人の候補者とした場合、そのまま選任されることが多いようですが、親族間での争いや、他の家族の反対、返済中の債務があるなど法的処理が伴う場合や、法的紛争を抱えている場合などは弁護士等が選任されることが多いでしょう。ただし、財産が多い場合、きょうだいは選任されにくいようです。
- 弁護士、司法書士、行政書士、社会福祉士など専門職を候補者として申し立てた場合、何等かの事情がない限り候補者がそのまま選任される場合が多いようですが、管理する流動資産が数千万円など高額な場合は、行政書士や社会福祉士を候補に立てても弁護士か司法書士が選任されることが多いでしょう。
- 後見制度を申し立てる際に候補者をたてることはできますが、必ずその人が選任されるとは限らず、あくまでも家庭裁判所が選任します。
- 後見人は変えられない
- どれほど親身になって後見業務を行うかは後見人次第です。気に入らない後見人や、本人と相性が良くない後見人が選任されたとしても、不正などよほどの事情がないかぎり後見人を変えることはできません。ただし、成年後見推進センター等に苦情を上げることは可能で、その結果後見人が自ら辞任することがあります。
- 途中でやめられない
- 後見制度は一度始めると原則として一生やめることができません。始めたけれども不自由だからやめたいと思ってもやめられません。また、報酬を一生払い続ける必要があります。
親族は後見人に選任されない???
親族が後見人になる割合が年々低下してきているため、親族が希望してもなれないのではとの声を耳にすることがありますが、実際は希望すればほとんどの場合選任されています。
最高裁は2019年1月に「本人の利益保護の観点からは,後見人となるにふさわしい親族等の身近な支援者がいる場合は,これらの身近な支援者を後見人に選任することが望ましい」という考え方を示しています。東京家庭裁判所の後見センターレポート(令和2年1月)では「最高裁判所が公表している統計数値によると、ご本人の親族が後見人に選任される割合は、年々低下しています。しかしこれは、親族を後見人候補とする申立てが年々減少していることが大きく影響しているものと考えられます。実際には、親族が後見人候補者とされているケースで、その候補者が選任されない案件の方が、むしろケースとしては少数です。」とし、親族候補者が選任されない事例として、親族間に対立がある、候補者が本人の財産を投資する目的で申立てしている、候補者が健康上や多忙などの利用で後見事務を適正に行えない、などを挙げています。
全国手をつなぐ育成会連合会が2021年8月に行ったアンケート調査では、成年後見制度を利用している知的障害者のうち70%が親族後見人で、専門職後見人は14%となっています。
利用開始は遅い方がいい?
後見人がつくことによるストレスや費用を考えると、親が子どもの面倒を十分に見ることができるあいだは親が財産管理等を行い、成年後見制度はできるだけ遅い利用開始がいいと思っています。ただ、避けるべきタイミングが2つあります。ドタバタでの急な申し立てと、歳をとり過ぎてからの申し立てです。
ドタバタでの急な利用開始は避ける
相続で後見人が必要となった時のようにドタバタしている時に申し立てると、言われるがままに進めることになり、結果として言葉は悪いですが“ハズレ”の後見人が選任されかねません。そうならないようにするには、時間をかけて信頼できる後見人候補を探しておく必要があります。
ドタバタを避けるには以下の点に注意が必要です。
- 相続時に後見人をつけることを避けるには、遺言執行者を指定した遺言を父母ともに書いておくことが効果的
- 成年後見人をつけるきっかけで一番多いのが相続です。親の一方が死亡し、残されたもう一方の親がまだ元気で子どもの面倒を見ることができたとしても、対策しておかないと相続のために後見人をつけることになりかねません。
- 親が子どもの預金を引き出していることを銀行に知られないようにする
- 親と言えども成人した子どものお金をいじることはできません。銀行がそれを知ると後見人をつけるよう求めらます。
- 障害福祉サービス契約に成年後見人を求める事業所がある
- 多くの事業所は子どもの代わりに親が契約することを許容していますが、事業所によっては後見人をつけるよう求める場合があります。その時点で後見人をつけたくなければ他の事業所に変えるしかないかもしれません。
気力・体力が衰えるほど歳をとってからの利用検討は避ける
後見制度の申し立ては決して簡単なことではありません。制度を理解して、候補者を探し、たくさんの書類を作成するなど気力と体力が求められます。気力・体力が衰えるほど歳をとってから考えたのでは、進めることがおっくうになり、結局言われるがままに進めることになりかねません。
そのような事態を避けるためには、信頼できる候補者をあらかじめ見つけておき、親が元気なうちに財産管理だけをその候補者にバトンタッチし、親は身上保護を担当する複数後見人で始める方法が考えられます。そうすることで、後見人の活動を横で見ることができ安心へとつながるでしょう。
成年後見制度の利用開始はとても大きな決断です。良くない噂も聞きますので、どうしても後回しにしがちですが、親の気力・体力が十分なあいだに成年後見制度の開始を具体的に考えた方がいいでしょう。
まとめ
- 課題の多い制度だがいつかは頼らざるを得ない
- 利用開始は遅い方がいいが、ドタバタでの急な申し立てと、歳をとり過ぎてからの申し立ては避ける