制度の改善?それとも改悪?
「成年後見人の一時利用可能に、法制審に諮問 現在は終身」とのニュースが2024年2月13日に日本経済新聞で報じられました。急に出た感じのニュースに見えますが、実際はずっと以前から検討されていたもので、法務大臣が法制審議会総会へ諮問すると表明したことでニュースになったものです。
2000年に施行された成年後見制度ですが、利用があまり進まないために、利用促進のための中核機関を自治体に設置するなど対策が講じられて来ましたが、それでも利用が進まないため、ついに制度の改正を行うものです。今回の改正は、利用を妨げている問題点等への対策が見られるため基本的に”改善”と考えていいと思います。
制度の改正で何が良くなるの?
では、今回の改正で、障害のある人が成年後見制度を使う上で、従来に比べて改善されそうなポイントをいくつか紹介したいと思います。ただし、全ては確定したものではなく議論中であることにご留意ください。
一生ではなく有期利用ができる
現在の成年後見制度は、一度制度を利用し始めると一生やめることができない、という問題を抱えています。(知的)障害のある人が成年後見を始めるきっかけで一番多いのは親の死亡に伴う相続手続きなのですが、相続のために一度成年後見人がつくと一生やめることができません。障害のある本人の財布は全て成年後見人が管理するようになると共に、月2万円以上の後見人報酬を一生涯負担し続けることとなります。
今回の改正では、一生涯ではなく、相続など”個別の課題”に対しての有期利用を可能とする議論が行われています。有期利用が可能になることで、相続を経験した障害のある人にとっては、今までよりも金銭管理の選択肢が広がることが期待できます。
現在の制度では、例えば一人で日常生活での金銭管理程度はできる人や、「日常生活自立支援事業」を使うことで日頃の金銭管理をできる人であっても、親からの相続時に成年後見制度を利用してしまうと、その後の金銭管理を自分で行うことはできず成年後見人に委ねることとなってしまいます。また、二人いる親のうち片方が亡くなった際の相後見制度を開始した場合、残っているもう一人の親が子どもの金銭管理を行いたいにもかかわらず、後見人に託さざるを得ない事態になってしまいます。
相続という個別課題にのみ成年後見制度を使うことができれば、相続が終わったあとの日頃の金銭管理を必ずしも後見人にやってもらう必要がなくなり、選択肢が広がることになります。
後見人の円滑な交代
現在の制度では、家庭裁判所が選任した後見人を、いやだから、気に入らないから、と言う理由で変えてもらうことはできません。もちろん、後見人による不正等があれば裁判所が解任します。また、あまりに後見業務がひどい場合には、関連機関等にクレームを上げることで間接的に後見人の辞任を促すことは可能ですが、必ず辞任につながるものではありません。
解任や辞任ではなく、より良い後見業務を行うことができる後見人へ”改任”する仕組みが議論されています。具体的な仕組みの議論はこれからですが、良い後見人に円滑に交代してもらえる仕組みを期待したいものです。
後見報酬算定の見直し
現在の報酬は、後見される本人の流動資産(預貯金と有価証券など)が目安の一つとなっており、財産が多いと報酬が上がるというのが通常です。しかしながら、どこまで親身に後見業務を行うかは後見人次第なところがあり、多くの報酬をもらっている後見人が親身に多くの後見業務を行っているとは限りません。後見業務は財産管理と身上保護の二つに大きく分けられますが、財産管理ばかりに注力して、身上保護をおろそかにしている後見人が一定数いるのが実情です。
家庭裁判所が後見報酬を決める際に、財産の多寡だけに注目するのではなく、財産管理業務負担の大小を考慮すると共に、身上保護をどれだけ行っているかについても考慮する議論がされています。報酬を全体的に下げることは後見人の担い手不足を招きかねないことから期待できなさそうですが、身上保護業務を報酬に考慮することは、身上保護の質の改善につながる可能性があるので期待したいものです。
親族が保佐人・補助人になりやすくなる
親など親族を後見人にしたい場合、後見される本人の流動資産(預貯金や有価証券など)が1,200万円を超えると、日常使う程度のお金は親族後見人が管理するものの、残りの大きなお金を銀行等の特別な口座に預けておき、そのお金を使用するには裁判所の許可を得る「後見制度支援信託」と呼ばれる仕組みの利用を求められることが一般的です。
今の制度では、保佐人・補助人と呼ばれる後見類型ではこの「後見制度支援信託」を利用できないため、財産が多額で親族が保佐人・補助人になりたい場合は、後見監督人を付けることなどが求められることとなります。保佐人・補助人でも後見制度支援信託を使うことができれば、後見監督人を付けることなく後見制度の利用が可能となる得るため親族がなりやすくなることが期待できます。
一方、後見人・保佐人・補助人と呼ばれる後見類型を廃止して、個々の状況に応じて代理権を付与するという議論もされているようですので、今後の議論に注目していく必要があります。
いつ改正されるの?
基本的に「改善」なので早期の改正を期待したいところですが、実現されるのは5~6年後の2028~2029年ごろの見通しです。
なお、現在すでに成年後見制度を利用している人も、新しい制度に移行することとなります。
「親なきあと」の準備への影響
成年後見制度は改善される見込みですが、成年後見関連でお勧めしている以下の「親なきあと」への準備を現時点で変える必要はないと考えています。
”とりあえず遺言”を書く
親に万一のことが起きた場合、判断能力が十分でない成人した子は相続手続きで成年後見を求められる可能性が高くなります。もう一人の親が子どもの金銭管理等を継続するために、その時点での成年後見利用開始を避けたいのであれば、遺言執行者を記した遺言を書いておくことをお勧めしています。
改正される制度では、相続時のみに成年後見を利用し、その後の金銭管理は自分たちでできるようになるため、遺言を書いておく必要がなくなるように感じますが、以下の理由で引き続きお勧めしています。
- 成年後見制度の改正まで数年あり、それまでに万一のことが起こる可能性がゼロではない
- 法定相続分以外の遺産配分にしたい場合は遺言が効果的
- 預貯金以外に不動産や有価証券などの相続財産がある場合、それらの資産が障害のある子と他の相続人との共同名義になり、後々処分しにくくなる
成年後見人の候補をゆっくり探しておく
成年後見の有期利用が可能になったとしても、金銭管理や身上保護を成年後見に頼らないといけない子どもの場合は、有期利用ではなき、おそらく一生涯後見人にお世話になることになります。後見人の交代が可能になったとしても、最初からいい後見人についておいて欲しいものです。また、親なきあとは、ついている後見人への不満と交代を本人が周りに発信できれば交代につながり得るのでしょうが、難しい場合があるかもしれません。
信頼できる成年後見人候補を探しておくと安心です。
必要以上に多額の預貯金を持たない
本人がもつ流動資産が後見報酬の大きな目安となっている現制度においては、多額の預貯金をもっていると後見報酬が高くなるため、それを避けるためにも親が預貯金残高をコントロールすることをお勧めしています。改正後の報酬算定では、単純に財産が多いとの理由で報酬が自動的に高くならないかもしれませんが、現時点では報酬算定の考え方が不明であることと、いずれにせよ必要以上のお金を持っていても良いことは見込めないことから、必要以上に多額の預貯金を持つことはお勧めしていません。